黎明のワルツ -Title-
colse

第17話 太陽と運命 -Lark’s Tongues in Aspic- [プロット版]

プロローグ

―1ヶ月前
バシュバシュッという音と共に、夜空を生み出されたばかりのアルカナシンボルが駆けていく。
それを見上げる呪術師達。

呪術師:アルカナシンボルは放たれた…。選定戦争が、始まる…

夜空を駆けるアルカナシンボル達。
八方に散るそれらの中で、双子のように同じ方向へ伸びていく閃光。
【太陽】と【運命】のアルカナシンボルだった。


―クルツークス地方 南部の森。

森の中、トコトコと歩く山鳥にどこからか放たれた矢が勢いよく刺さり、山鳥は息絶える。それを少し離れた木の上から矢を撃った張本人の少年―ランツ・ロイバッハが確認する。
ランツは “よっ” と言いながら木から降り、山鳥の方へ歩いて行く。

ランツ:へへ…久々の大物だ

少しだけ誇らしそうに呟くと、山鳥の足をつかみ、持ち上げる。帰ろうとしたところで、ふと森の少し離れた所から人の気配を感じ、身を潜める。

ランツ:…誰だ? 

気配を殺しながら、そちらを伺うと、見知らぬ男が山道を数名歩いていた。
お世辞にも、通りすがりの旅人といった風情ではない。

ランツ:(村の奴等じゃあないな…よそ者か。村の奴等に知らせるか…?)

ランツ:(……いや、いいか。村の奴等なんかどうだって。オイラの知ったことか)

なんとなく不穏な空気を感じ取り、村に忠告に行くかどうかを思い悩むが、すぐにかぶりをふる。気を取り直して山鳥を担ぎ、少し歩いた先にある自分の家(といっても掘っ立て小屋だ)へと戻ると、小屋の前に少女が立っていることに気付く。

幼馴染のエリル・ローガンだ。

ランツ:エリル…。

エリル:あ、ラツン! ランツ〜!

ランツのつぶやきに、エリルが気づきランツの方を向く。小屋にランツが不在で心配していたのか、不安げな顔だったがランツに気付くと花が咲いたような笑顔を向け、とてとてとランツの方へ小走りに寄っていく。


ランツの掘っ立て小屋のすぐ横にある草っぱらに二人腰を下ろして会話する。

エリル:ランツ、どうしてそんなローブ着てるの?脱がないの?

ランツ:え? い、いや、最近日差しがきつくて…き、季節柄かな…

エリル:??

いきなり核心を突くエリルの質問に、露骨にしどろもどろに嘘をつくランツ。とは言え、エリルはあまり深く追求はしない。

エリル:ところでさっきの山鳥は今日の収穫? すごいねぇ!大きかったね!

ランツ:うん。まぁ…こんくらい、普通だよ。

本当はランツ的にも結構な大物なのだが、そこは少年ぽく見栄を張る。

エリル:そっか!ランツは昔っから村で一番上手だったもんね!

ランツ:…一番は…父さんだよ。それに、オイラをもう村人扱いしないでくれよな。

“村で”という言葉に過敏に反応するランツ。エリルも、あ、という感じでちょっと困った顔。

エリル:…そ、そっか。ゴメン。

ランツ:エリルが謝ることじゃない。オイラが自分の意思で村から出ていったんだ。村の奴等が許せなくて。

エリル:う、うん…。まだ、村の皆のこと許せないの?

ランツ:当然さ。あいつら。罪もない父さんが連れて行かれるのを見て見ぬふりしたんだ。今だって、つばを吐きかけてやりたい気分だよ。

エリル:……。

ランツ:……。

ランツ:(何いってんだ…。エリルにそんなこと言ってもしょうがないのに…)

ランツ:……で? 今日はどうしたんだよ。

エリル:え? 何が?

ランツ:え?じゃなくてさ。何か用があったから来たんじゃないのかよ?

エリル:無いよ?ランツに会いたくなったから来ただけだよ?

ランツ:…!?

屈託なく言うエリルに不意打ちを食らうランツ。顔を真赤にして言葉を詰まらせるが、エリルは気付かない。

エリル:もしかしてウチが来たら迷惑だった?

ランツ:そ、そんなことッ………ねぇよ!ただホラ!羊飼いの仕事も今忙しい時期だしさ、オイラのせいでまたお前が家族に怒られたら悪いなって…

エリル:ううん、大丈夫。心配してくれてありがとうランツ! 

ランツ:し、心配っていうか…まぁ、そうだけど…ごにょごにょ

満面の笑顔でニコニコするランツと、そんな満面の笑顔が眩しすぎて直視できないランツ。

ランツ:でもあんまし長居すんなよ。なんか最近、こんな田舎でも物騒になってきてるみたいだからさ。

ランツ:(さっき、よそ者もいたしな…)

エリル:うん…なんかね。王様が亡くなって、これから選定戦争っていうのが始まるらしいんだって。そのせいか最近治安が悪くなってるって、村の大人たちも言ってた。

ランツ:………!! あ、ああ、そうらしいな。

選定戦争の話題にギクリとして、言葉が詰まるランツ。

エリル:ランツも知ってる?怖いよね。アルカナ戦士って人たちが王様になるために殺し合うんだって。…そんな人たち、絶対に関わり合いたくない。なんで王様決めるのにそんな野蛮な方法しかないんだろう。

ランツ:…………。

エリル:ランツ、どうしたの?顔色悪いよ?

ランツ:な、なんでもない。ほら、暗くなる前に近くまで送るよ。

気を取り直すように、尻を手で払って立つ

エリ:何でも無くないよ。なんか変だよ。最近、ランツ何か雰囲気が変わったよ? 何か悩みでもあるの?

ランツ:な、なんでもないって。ほっといてくれよ。

エリル:ランツ…

ランツ:…………。 

悲しそうなエリルにバツが悪くなるランツ。そんなちょっと重い空気を読まずに、向こうから不躾に声がかけられる。エリルの兄、ダリルがこちらを睨みつけながらふてぶてしく歩いてくる。

ダリル:こ〜んなところのいたのかよぉ、エリルゥ!

エリル:!!!

ランツ:ダリル…。

ポケットに手を突っ込んだまま、偉そうな態度でずいずいと向こうから二人の方へと歩いてくる。その声を聞いただけで、ビクッと怖がる仕草を見せるエリル。

ダリル:おうおう。やけに仕事がおせぇ時があるなと思っていたら…こ〜んな犯罪者の息子あいてにお友達ごっこかよ。おらノロマ、行くぞ!さぼってんじゃねぇよ!

エリル:ダリル兄さん。

ランツ:おいダリル、オイラの父さんは犯罪者じゃねーぞ!

ダリル:犯罪者だよ。領主のお犬様を殺して、縛り首にされた犯罪者だ。だからオメーだってこんな村外れの山奥で村八分にされてるんだろうが。つーか呼び捨てにすんなよな。

ランツ:ふざけんな!子どもが領主のクソ犬に襲われてたから父さんが助けたんじゃないか!村の皆が見て見ぬふりしなければ父さんは…!

ダリル:見ぬふりじゃねぇ。実際誰も目撃してねぇんだ。無実潔白だってのは、お前ら親子の勝手な主張だろうが。理由はどうであれ、お前の父親は領主を怒らせた。あやうく村の俺らみんなまで連帯責任負わさせれそうになったんだぞ?犯罪者じゃなければただのバカ野郎か。

ランツ:テメェ!

エリル:二人共やめて!

お互い一触即発な空気にエリルが悲痛な声で割って入る。

エリル:…か、帰ります。帰りますから、兄さんもうやめて…

ダリル:あたりめーだ。おめーがちゃんと仕事しねーと俺が兄貴と親父に殴られんだよ!

ゴツン、とエリルの頭を小突くダリル。兄妹のスキンシップとは程遠いゲンコツであった。

エリル:うっ!…ご、ごめんなさい。

ランツ:おい、やめろ!

エリル:いいの!ウチは平気。ごめんね、今日はもう帰るね。でもランツ…

今にもダリルに殴りかからんとばかりのランツを制して、逆にランツを心配するエリル。

エリル:ランツ、何か隠してる。…我慢しないで、話したくなったらいつでもウチに相談してね?ランツが辛そうだと、ウチも辛いから…

ランツ:……

ダリル:ホラ行くぞ、さっさと来いよグズ!

ダリルは既に村の方へと歩き出しており、エリルもそちらへ小走りで向かう。エリルの言葉に放心状態で帰る二人をぼんやりと眺めるランツ。二人が豆粒くらいの大きさになってから、小声でボソボソと独り言を言うランツ。

ランツ:………エリル…オイラ【太陽】のアルカナシンボルに選ばれた…アルカナ戦士なんだ…

エリルの方へ伸ばした右腕の内側には、太陽のシンボルが覗く。ローブから出た右腕が、強い日差しに当たりチリチリと音を立ててランツの肌を焼く。

ランツ:痛っ……

ランツ:なんて…言えるわけねぇだろ…そんな事………


深夜、と呼ぶには時間が過ぎ、明け方も差し迫ろうとする頃、一人小屋で旅立ちのための荷造りをするランツ。

ランツ:(直感として感じる…コレ(アルカナシンボル)を持っている限り戦いは避けられない…)

ランツ:(このままここにいたら、いつかきっとエリルに迷惑をかける)

ランツ:(夜が明けたら、旅に出よう…こんなシンボルは、欲しがるやつにあげてしまえばいい)

小屋の窓から外を見るランツ。あたりはまだ、真っ暗である。

ランツ:(…最後にもう一度だけ…エリルに…)

窓から村の方角を眺めると、ふいに、妙に明るい事に気がつく。

ランツ:? なんだ? 畑を焼き払う季節じゃ…

昼間の見知らぬ人間を思い出す。また、エリルの “最近治安が悪くなってるって―” という言葉が頭をよぎった。

バァン!と小屋のドアを壊さんばかりの勢いで飛び出すランツ。弓を携え、一目散に山を降りる。

ランツ:まさか! そんなまさか―


家や畑のところどころから火が昇り、泣き叫ぶ声や怒声、果ては建物が崩れる音などが混ざり合って混沌としている。エリル達の住む村はまさに略奪のさなかであった。

盗賊:向かってくる奴等は殺しちまえ。根こそぎ奪うぞ!

村人:うわぁ止めてくれぇ!ぎゃあっ!

村人:ひやぁぁぁ!

そんな血と火にまみれた地獄絵図の村を隅の雑木林から覗き込む、駆けつけたランツ。凄惨な状況に体を震わせる。

ランツ:そんな…なんてこった…ひでぇ… エリル。エリルは…?

エリルの家を探そうと、視線を村のあちこちに向けるランツ、その視線にふいに見知った顔が入る。

ダリル:ふぁああああ…た、助けてください…助けて…

2人の盗賊に囲まれたダリルであった。ダリルは完全に怯えきって震えている。

盗賊:へへ…どうするコイツ?

盗賊:あ? 殺すに決まってんだろ

ランツ:(ダリル!…どうする…助けるか? いや…あんなの相手にするよりもエリルを…)

ランツが助けるかどうかで逡巡してる間に迫った盗賊に顔を来られるダリル

ダリル:ひゃあああ、血、血がぁぁぁ

ランツ:……………クソッ!

一回はそちらに背を向けようとするものの、エリルの悲しむ顔を想像しやはり見捨てられないランツ。震える歯を食いしばりながら、盗賊と戦う覚悟を決める。

盗賊:へへ。やっぱ野郎はいたぶっても面白くねぇや。死ねよ!

ダリル:うわああああああああ!

ランツ:福音:黄金の息吹 <インジェクト・ブレス>

ランツ:(鏃に、太陽の炎をチャージする!―くらいやがれッ!)

ランツの鏃がボッという音とともに炎の矢になって燃え盛る。

放たれた矢は、盗賊にあたると爆裂し、周囲にいた他の盗賊もろとも吹き飛ばす。

盗賊:アギャアアアアッ!

ランツ:よし!

自分の力が敵を倒せることに小さく安堵するとともに、ダリルに駆け寄る

ランツ:おい!大丈夫か!

ダリル:あ、あああ…ランツ。ああ、ありがとう…

ランツ:そんな事よりエリルは!エリルは逃げられたのか!?もう逃げてるよな?

ダリル:ああ?あ、ああ。…いや、納屋の整理をやらせてたから…多分…逃げ遅れてる…

言いながら、ダリルはフラフラと後ずさりして、今にも逃げ出さんばかりの姿勢だ

ランツ:何だって…? おい、お前どこ行くんだよ!自分だけ逃げる気か!?

ダリル:あ、あああ当たり前だ! 俺達みたいな平民が盗賊に勝てるわけねぇだろ!?今ならまだ…エリルや他の逃げ遅れが襲われてる間に…逃げられる…

ランツ:お前ぇっ! 何言ってんだぁ! 自分の妹だろうが!

抑えきれない怒りとともにダリルを殴り飛ばすランツ。殴られ、転げ回ってもなお無様に逃げようとするダリルを捨て置きそのまま一人でエリルの家へ向かう。

ランツ:クソッ、クソッ、クソッ!! あんな奴、助けるんじゃなかった…!エリル!

ランツ:エリルッッ!


暗く窓のない物置のような納屋で作業していたエリルは状況に気付くのが遅れ、完全に逃げ遅れてしまっていた。

一人、納屋の荷物の間に隠れ、震えてうずくまる。納屋の扉の向こうからは破壊音や悲鳴が聞こえてくる。

エリル:(どうしよう…どうしよう…。怖いよ…ランツ…!)

盗賊:納屋か。何かあるかもな

盗賊:中から閂がかかってやがるな? へへ、てことは誰かいるんだよなぁ!

盗賊:オラァ! 開けろぉコラァ!! 

複数人の盗賊たちが納屋に気づき、ガンガンガン!と荒っぽく蹴った後、今度はバキバキと破壊しようとする音がする

エリル:(………ランツ…!!)

神に祈るように、手を結び、目をとじる。
するとその心の叫びが通じたかのようなタイミングで、納屋に夜空から一筋の流星が落ちてくる。

パシィィィィィン!!

まるで納屋に隠れるエリルのもとに来ることが最初から決まっていたかのように、一直線に、そして静かに “それ” は落下してきた。

エリル:………何?

ガンガンバキバキと扉の向こうから物騒な音がする中、そこだけ時間が止まったかのように神々しい輝きを静かに放ち浮遊するアルカナシンボルと、それを見つめるエリル。

エリル:………ウチを…呼んでいるの? 【運命】のアルカナ? 

自分以外には聴こえないであろう声が頭に響いているのか、吸い寄せられるように、アルカナシンボルに手を伸ばすエリル。

静かに手を触れた瞬間。パチッっと音と立てて消えるシンボル。そしてそれを合図に、静かに足に刻印が浮かび上がる。

エリル:ゔっ!!これは…!!

頭を抑えてうずくまる。シンボルから様々な情報が洪水のように流れて行き、エリルの頭の中を駆け巡る。

エリル:(選定戦争?…嫌ッ!…戦いたくなんてない!!)

バキバキバキィ!!
タイミングを同じくして、納屋の扉が完全に破壊され、盗賊が目をギラつかせながら納屋に足を踏み入れる。そして、すぐにエリルを見つけ、下卑た目を向ける。

エリル:………!

エリルはうつむいていて表情はよくわからない

盗賊:なぁんだ、ガキが一人いるだけじゃんかよぉ。大したものもねぇなぁ。

盗賊:いやいや、よく見るとかわいい顔してるじぇねぇか。乳と尻はまだまだだが、こういうのにそそられる変態相手には高値で売れるかもしれねぇな、いひひひひ!

エリル:こ、こないで…!

盗賊:『こ、こないで!』だって!ひゃひゃひゃ、大丈夫だって。暴れなきゃ痛い思いしないですむからよ!

エリル:ちがうの……お願い、こないで…

エリルのトーンがさっきまでと少し違う。先程までは目の前の盗賊に恐怖していたが、今は自分自身に宿った力を恐怖している。

エリル:ウチは… ――誰も傷つけたくないの…

顔をあげたエリル。その顔は恐怖で歪んでいる。そしてズズズズズ、と不気味な空気がエリルから広がっていく。


あたり一面地獄絵図の中、一直線へエリルの家の方角へ全力で走るランツ。ようやく家とその背後にぽつんと立つ納屋が見えてくる。

ランツ:エリル…無事でいてくれッ!

息を切らせて半壊した納屋へ足を踏み入れる。しかしそこは薄暗く、静まり返っている。静まり返る納屋の奥の方から、かろうじてすすり泣く声が聞こえる。

ランツ:……エリル……?

薄暗い納屋にようやくなれるランツの目に、エリルのシルエットが形を結ぶ。エリルは納屋の壁によりかかるように腰を抜かすように座って、泣いている。泣くエリルの上には薄ぼんやりと光を放つ、小さな獣がいた。

ランツ:(うさぎ…?)

そして周囲には、盗賊…だった者たちの亡骸が散乱している。あるものは頭から串刺しに、あるものは押しつぶされている。

周囲の状況から推察するに、偶然老朽化により落下してきた納屋の梁に体を…ということなのだろうか。いや、このタイミングでそんな偶然はありうるのだろうか。

ごくりとつばを飲み、静かにエリルに歩み寄るランツ。

ランツ:エリル…なのか?

エリル:ラン…ツ…?

ランツ:ゔっ!!(この感覚は――)

駆け寄ろうとするも、腕に走る強い共振に驚き、踏みとどまるランツ。

エリル:ランツ…どうしよう…ウチ……… アルカナシンボルに……選ばれたみたい…

エリルはランツの顔を見ずに、泣きじゃくる。

エリル:この人達…ウチに近づいたら、上から梁が落ちてきて ヒック …それで…それで…ウチのせいなの…ウチから出てきたこのうさぎが……この人達を… ヒック!

ランツ:エリルッ!!

ランツは、エリルの言葉を制すように強めに呼びかける。ビクッとしてエリルはランツの方を見上げる。

ランツ:隠しててゴメン。オイラも…なんだ。オイラも、アルカナシンボルに…選ばれた。

今度は、精一杯優しい声をかけ、ぎこちなく微笑みながら右腕にあるシンボルを見せる。

ランツ:だから、大丈夫。

エリル:…ッッ!

感極まり、無言でランツに走って抱きついてくる。不安を拭い去ろうとするように、ぎゅぅと強く抱きつくエリル。

ランツは顔を真赤にしながらも、無言で背中をポンポンと叩く。

エリル:そうなんだぁ、そうなんだぁ!良かったぁ、ウチ、怖くてっ…でもランツも一緒なら…大丈夫だよねぇ

ランツ:うん。もう大丈夫だから。エリルが戦う必要なんて…無いんだ。きっと、二人ならどうにかなる。

エリル うん…うん…うん! うああああああ…っ!

ランツ、しぱし泣きじゃくるエリルをぽんぽんと落ち着かせる。しかし、悠長にしている時間はなく、廻りではどんどん略奪が進んでいる。

ランツ:色々な話は後回しにして、ひとまずここから逃げよう…。エリル? 

静かにエリルに声をかけるものの、エリルからの反応はない。エリルは極度の精神的肉体的疲労からランツに出会い緊張の糸が緩んだのか、ランツに寄りかかり立ったまま気を失ってしまっていた。眠っているようにも見える。

ランツ:(気を失っている…?)

ランツ、エリルを抱きかかえ、半壊した納屋から出る。恐る恐る出たものの、すぐに他の盗賊に気づかれてしまう。

ランツ:………!

盗賊:おほ!女のガキ発見んん!

盗賊:おい坊主、そのガキをよこしなぁ!

盗賊:めんどうせーから殺して奪っちまおうぜぇ?

ランツはぞろぞろとやってくる盗賊に一別をくれると、エリルを静かに建物の外壁によりかからせるように、その場に横たわらせ、静かに矢をつがえる。

ランツ:どいてくれ。

盗賊:ああん?そんなチンケな狩り用の弓で俺達と戦うのかよぉ? ひゃはは―ハガッ!ぎゃあああああ!

盗賊が言い終わる前に、ランツは福音を込めた矢を盗賊の一人に放つ。矢を打ち込まれた盗賊は壁を突き破って悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。

ランツ:…オイラ達のことは…ほっておいてくれ。

福音を込めた右腕に、ボボボボと赤い光が宿る。それを見て怯む盗賊たち。

盗賊:なんだぁコイツぁ!!ただの弓矢じゃねぇぞ!不思議な術を使いやがる!

盗賊:チキショー! やっちまえオラァ!

ランツと盗賊がもみくちゃになりながら戦い始める。

ランツ:(エリル…オイラも本当は不安だったんだ。アルカナ戦士なんて頼んでもねぇもの押し付けられて。戦いに巻き込まれるなら、この村から離れなきゃ行けないからって。でも、今はじめて感謝してる。)

ランツ:だって、この力でキミを守れるから――!!

さっきの福音に警戒心が強い盗賊共は今ひとつ攻めきれない。そんな盗賊共の迷いを感じ取ったランツは逆にここが勝機と再び弓矢を構える。

“これで決める!”とばかりに、その矢にありったけのエネルギーをチャージする―

プシュ…

と、思いきや、ここぞの瞬間に炎を放つためのエネルギーが切れてしまう。

ランツ:………! (福音の力が…尽きちまった…!?)

ランツの右手からさっきまでの禍々しい力が途切れてしまったことは事情を知らない盗賊共もすぐに気づいたようだった。すかさず三人で飛びかかってランツをフルボッコにする。

ランツ:ぶげっ!

盗賊:がはははははっ! もう手品はおしまいかぁ!?

盗賊:オラオラ、さっきまでの威勢はどおしたんだよぉ!

さっきまでの借りを返すように蹴る殴るでランツを痛めつける。

ランツ:クソッ!なんでこのタイミングで!クソッ!

ランツ:クソォォォ…! ……―――――ッ

執拗なまでのいたぶり攻撃に、いつしか気を失ってしまうランツ。


ランツ:う…ツッ…。

気絶から目を覚ますランツ。盗賊たちにいたぶられてからだいぶ時間が経過し、既に日はとっくに昇っている。

ローブも何もなく、服はビリビリに破れて露出している。そんな陽の光を遮るものがない中、チリチリと太陽がランツを焼く。どうやらその肌の痛みで目が覚めたようだった。

ランツ:ハァ…ハァ…(クソ…陽の光が…ローブか何か探さないと…) エリル…

なんとか身を起こし、弓と矢を拾いながらあたりを見回す。壊滅状態の村。所々に怪我をした人や死体、泣いて遺体にすがる者などいる。もうこの村はダメだ、そう感じさせるには十分な光景だった。

ランツ自身も体中の痛みに耐えながら、フラフラと歩き、彷徨う。盗賊達は村の外れで馬に金品をまとめ、今まさに撤収しようとしている。盗賊の戦利品の中には、人売に出されるであろう若い女子供が何人か。その中に、手を縛られ馬車に乗せられるエリルが見える。

ランツ:エリルッ…!

ランツが急いで追いかけるも、ランツのいる位置と盗賊たちの距離は遠い。馬車は無情にも走り出す。

ランツ:…逃がす…か!

本人は全力で走っているつもりなものの、その体は満身創痍で、フラフラとしている。追い掛けながら馬を止めるため、矢と弓をつがえ馬を繰る盗賊に狙いを定める。

ランツ:この距離なら…当てられるはず… いや、絶対に当てる!

ギリギリと弦を絞る。しかし、腕に激痛が走る。気絶していた間も太陽に焼かれた反動が烙印となって襲ってくる。

太陽光を浴び続けることができないのが、彼の背負った烙印だった。

ランツ:痛っ! この痛み………くそ、烙印が…いや、構うか!この機会を逃せば…

無視して弓をひこうとした所で “ボッ!” という低い音とともにランツの腕が燃え始める。

烙印:太陽がまた輝く時<イクリプス・イカロス>

ランツ:うわぁぁぁあああああ!

あっという間に全身に火が燃え移り、火だるまとなるランツ。
のたうち回りながら、たまらず近くを流れる小川に飛び込む。

バシャアアアン!

ランツ:ハァ……ハァ……ハァ……う…くそっ…

なんとか小川から這い上がりながら、馬車の方を見上げると、すでに馬車は見えなくなってしまっていた。

ランツ:クソッ…クソッ…エリル…

ランツ:ちっっっっっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

ボロボロと悔し涙を流しながら、憚ること無く絶叫するランツ。壊滅した村に、少年の声がこだまする。


ランツ:(烙印。それはアルカナの信示がもつ業を背負う事。オイラの烙印は、『陽の光を浴びすぎてはならない事』)

ランツ:(太陽の光を吸収し、放出することが福音なのに、浴び過ぎればそれがそのまま烙印となり、オイラ自身を焼く業火となる)

ランツ:(なんという矛盾。まるで、オイラそのものだ)

ランツ:…………。

とぼとぼと歩きながら、盗賊たちが去っていった方角をみる。当然だが、もはや跡形も見えない。涙はもう止まっているものの、泣きすぎて目は腫れ上がり、絶望を通り越してもはや疲れきった故の無表情になっている。

今はどこからか拾ってきたボロ布をまとっており、烙印の発動はないものの、その姿はさながら、みすぼらしい敗残者である。

ランツ:(オイラはまた…しくじった…いつもそうだ)

いつもやることが裏目に出てしまう自分を振り返る。

回想のランツ:(……いや、いいさ。村の奴等なんかどうだって。)
物語序盤、よそ者を見かけた時の事を思い出す

ランツ:あの時、村の人達に伝えていれば、こんな惨劇にはならなかったかもしれない。

回想にてダリルの兄を福音を使って助けたシーンを思い出す
ランツ:あんな奴、助けなければ…肝心な時に福音が尽きることもなかった。

そして一番大きな過ちを思い出すランツ。いつの記憶か、ランツは血に濡れた棒を持っている。

ランツ:(オイラが、領主の犬を殴らなければ…父さんは…)

『―ランツ、この犬を殺したのはお前じゃない。私だ。いいな?』

それはかつて自分が領主の犬を殺した時、かばってくれた父の記憶であった。
様々な自分の過ちを思い出しながら、最後にエリルとの会話の中で自分が言った言葉を思い出す。

回想のランツ:『(村の人々に対して)今だって、つばを吐きかけてやりたい気分だよ』

ランツ:違うんだ。本当は…オイラが本当に許せないのは…いつだって大切なモノを守れない自分なんだ。

もはや心が折れてしまったランツ、ガクッと膝から崩れ落ち、自分と自分の人生に絶望する。しかし、目をつぶった暗闇の奥から、かつて父が言った言葉を思い出す。

父:ランツ、お前は正しいことをしたんだ。犬から子どもを守った。それは素晴らしいことだ。恥じなくていい。それでいいんだ。自分が正しいと思うことをしなさい。

まぶたの奥で微笑む父。その父の記憶はぼやけていき、代わりにエリルの笑顔が浮かぶ。

ランツ:………。

静かに立ち上がり、おもむろに自分の顔を思い切り殴って、無理やり活を入れる。
バキッという音ともに鼻血が吹き出す。

ランツ:いや…まだだ。まだ終わってない!

ランツ:エリル。待っててくれ

ランツ:選定戦争もアルカナ戦士も関係ない!

さっきまでのトボトボとした足取りではなく、確固たる足取りで歩きだすランツ。その瞳には、強い意志が宿る。

ランツ:キミがどこにいようとも、どこに連れて行かれようとも―

ランツ:必ず助け出す!!

【太陽】のアルカナシンボルを持つ少年、ランツの旅が始まった。

to be continued

-Information-
《募集してます》

タイトルとURLをコピーしました